コラム

産業カウンセラー/臨床心理士 緒方俊雄のコラムです。

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人生は山登り(その4) ~自分の仕事を楽しむ~

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前回は、一人で人生の山を登れるようになったら、自分の人生で登る山(アイデンティティ)を決めること、それはワクワクすることの中にあるということを書きました。そして、ワクワクしながら仕事に打ち込んだ滝田栄さん、エジソン、ゴッホ、ピカソの例を紹介しました。

ただ、エジソン、ゴッホ、ピカソは天才なので、そんな風にはできないと思われたかもしれません。また、自分が何がやりたいか分らないままに今の仕事についたので、とても今の仕事でワクワクすることはできないと思われたかもしれません。

そこで、私が新入社員に話す話を紹介させて頂けたらと思います。『講師を頼まれたら読む「台本づくり」の本』(大谷由里子、中経出版)の中で取り上げられている話です。


僕は、中学生の頃からあこがれていた会社に、幸運にも入社することができました。
しかし、入社式の後、僕ともうひとりが、本社ビルから出てすぐ近くの掘っ立て小屋につれていかれたんです。
そこにあったのは、二台のシュレッダーでした。
「今日から君たちの仕事は、シュレッダーだからね」

その日から毎日、僕たちが詰めている小屋には、会社中の不要になった紙が集まりました。
無愛想に紙を置いていく社員たち。次から次へと持ち込まれる不要になった紙を、黙々と機械にかけて、一定の量がたまったら近くの田んぼで燃やすのが仕事でした。
シュレッダーのくずを燃やしていると、近所の子どもたちが集まってきて、「なにキャンプファイアーしてるの?」とからかわれる始末。
悲しかった。
「こんなことをするためにこの会社に入ったんじゃない!」と情けなくなった。

そんなある日のことです。近くの田んぼで作業しているひとりのおばあさんが、いつものように紙を燃やしている僕たちのところへやってきました。
そして、こう言われたのです。
「あんたら、この間から見てるけど、毎日毎日、ほんとうにつまらなそうにしてるね。いい若い者が、そんなにつまらなそうな顔をしていてどうするの!」

ハッとしました。
僕たちはつまらない気持ちで、イヤイヤ時間を潰している場合だろうか?
そして、思ったのです。
「どうせやるなら楽しくやろう!」

まずふたりで、紙をシュレッダーにかける速さを競争してみました。次は、紙が詰まらないように、いろいろな工夫をしてみました。
すると、その作業が面白くなってきたのです。
無愛想に紙を運んでくる人にも、
「ようこそ、シュレッダー室へ!」
と、笑顔で元気よくあいさつをしてみました。最初のうちはびっくりされました。

しかし、一週間も続けていると、
「お疲れさま。よかったら、これどうぞ」
と、シュレッダー室に差し入れが届きはじめたのです。そして、いつのまにかシュレッダー室が社員の溜まり場になっていました。

そんなある日、ひとりの年配の男性がやってきました。
「ようこそ、シュレッダー室へ!」
いつものよう笑顔で迎えました。するとこんな言葉が返ってきたのです。
「君たちか。シュレッダー室でめちゃめちゃ楽しそうにしているふたりがいると、社内で評判だよ」
実は、その人は会社の役員でした。しばらくすると、同期の中で僕たちふたりが一番最初に本社に呼んでもらえることになったのです。

どんな仕事でも楽しむことができます。役に立たない仕事なんてありません。そして、楽しく仕事をしていれば、必ずそれを見ていてくれる人がいるんです。
どんな仕事も、最初はしんどいことばかり。でも、気持ちの持ちようでなんとでもなるんです。


いかがでしょうか。
仕事というのはお金をもらうので、辛いことも沢山あります。ただ、仕事は打ち込むと限りない面白さがあるのではないかと思います。

クロネコヤマトで宅急便の生みの親であるの小倉昌男さんも「どこかに『好きな仕事』があるわけではない。目の前にある仕事を好きになれるかどうかだ」語られています。

「イチロー✕矢沢永吉 英雄の哲学」(ぴあ)で、イチローさんも矢沢永吉さんも「仕事が好きで、楽しいことが大事」と繰り返し言われています。

私も今までに、半導体レーザの研究・開発、企画とマーケティング、カウンセリングと主に3つの仕事をしましたが、どれも限りない面白さがあると感じています。

自分がワクワクする仕事についていたらそれにこしたことはありません。しかし、そうでなかったとしても、今の仕事の中に面白さが見いだせるのではないでしょうか。そして、仕事が面白くなってくると、その後の仕事での展開も変わってくるのではないかと思います。紹介した話のように。

ワクワクすることはあるけれども、それを仕事にするのは難しいというのであれば、趣味でワクワクしてもいいと思います。

もう一度ワクワクして、子どもの頃の目の輝きを取り戻しましょう。

  • 2014年05月25日(日)10時24分

人生は山登り(その3) ~自分が登る山を決める~

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その1では子どもが山を登れるようになった時に、お母さんは子どもにどう対応したらよいのかを書きました。結論だけをいいますと、お母さんが子どもの少し後ろを登り、問題が起きないか見守っているのです。お母さんがこのように対応すると、子どもは一人で山を登れるようになります。

それでは、一人で山を登れるようになったら、どうしたらよいのでしょうか。それが今回のテーマです。

次にやることは、自分の人生で登る山を決めることです。登る山が自分のアイデンティティと考えられます。商社マンになって海外を飛び回りたいのか、音楽で人を感動させるのか、板前さんになってお客を喜ばせたいのか、福祉で困っている人を助けたいのか、沢山の子どもを育てたいのか、おいしいケーキを作りたいのか、人ごとにいろいろな登りたい山があると思います。

小学生に将来やりたい仕事を聴くと、いろいろな夢を語ります。しかし、大人になって私のところにカウンセリングに来られる方に、「何をしたいですか」と訊ねると、「何をしたいのか分からない」という答えが多いのに驚きます。そういった方の話を伺うと、親の言うとおりに生きてきたり、親の期待に応える生き方をしてきて、きちんと自分の人生を考えて来なかったことが分かります。

それでは、自分のアイデンティティはどうやったら見つかるのでしょうか。それほど難しいことではありません。自分のアイデンティティはワクワクすることの中にあるのです。

パブロ・ピカソ(1881-1973)が「誰でも、子供のときは、芸術家であるが、問題は、大人になっても、芸術家でいるか。」と言っています。名言だと思います。子どもの瞳は輝いています。しかし、親や学校の先生から「勉強をしなさい」「ピアノを習いなさい」と自分のやりたくないことをやらされているうちに、自分のやりたいことが分らなくなり、目の輝きが失われるのです。

子どもの頃のワクワク感を取り戻すのです。そうしている内に、好きなこと、打ち込めることも見つかってくると思います。

私の好きな俳優さんに滝田栄さん(1950-)がいます。滝田さんは劇団に所属していました。最初についた役が馬の足の役です。普通ですと、馬の足の役はバカにすると思いますが、滝田さんは違っていました。毎日馬場に通って、馬の足がどんなに動くのか観察するのです。滝田さんに言わせると、馬の4本の足は複雑に調和しながら動くそうです。ただ、滝田さんは嫌々馬場に通っていた訳ではありません。嫌なら毎日は通わないでしょう。私の想像ですが、滝田さんは舞台に立つことを夢見て、ワクワクしながら馬場に通っていたのではないかと思います。この滝田さんの役者バカが役者としての太成に繋がったのではないでしょうか。

生涯に1300の発明をしたトーマス・エジソン(1847-1931)が電球を長く光らせようとして、フィラメントの材料を実験していたときの話です。エジソンは毎日実験をやり続けるのですが、いつまでたっても長く光る材料が見つかりません。奥さんが見ているのが辛くなり、「いくらやってもダメなので、もうあきらめた方がいい」と言いました。するとエジソンは次のように答えました。「私の頭の中には5000の材料のアイデアがある。まだ2000しか試していないので、続けて試していきたいんだ」。そして、この会話からしばらくして、長く光るフィラメントの材料を発見したそうです。それは、京都の竹でした。エジソンも、嫌々材料を探していたのではないと思います。そうならば、直ぐに嫌になったでしょうし、これほど沢山の材料のアイデアも出なかったでしょう。多分、エジソンはワクワクしながら実験を続けていたのです。

私の好きな画家に、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)がいます。ゴッホが油絵を描いたのは27歳から37歳の10年間です。その間に、880点もの油絵を描きました。しかし、ゴッホが生前中に売れた油絵は2点だけです。それも、ゴッホの弟が画商をしており、お兄さんの絵が売れないとかわいそうだと、弟の友達が安く買ったのです。ゴッホは多分自分の油絵が売れると思って、描いていたのではなかったでしょう。まして、画家としてこのように有名になるなどとは想像をしたこともなかったことでしょう。それでも、描きたくてしょうがなくて、毎日キャンバスを持って、絵を描きに出かけたのです。多分、ゴッホもワクワクしながた筆を走らせていたのだと思います。

ピカソも私の好きな画家です。ピカソはゴッホと対照的な人生を歩みました。20代の青の時代でもはや名声を手にしたのです。1枚油絵を描いたら数億円で売れますから、生活だけをしようと思えば、1年に数枚油絵を描いていたら、気が遠くなるような贅沢な生活ができたのでしょうが、ピカソは違いました。ゴッホのように、毎日絵を描き続けたのです。なんと生涯に、13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作したのです。この作品を全て売ったら、国家予算にも匹敵するでしょう。ピカソにとってはもはやお金などどうでもよくて、描きたくてしょうがなくて、毎日描き続けていたのです。ピカソは大人になっても、目をキラキラさせた芸術家であり続けたのです。

滝田栄さん、エジソン、ゴッホ、ピカソの話を書きましたが、この4人に共通しているのは、ワクワクしながら仕事に取り組んでいたということです。嫌々やっていたらとてもこのようなことはできません。

仕事は苦行や修行ではなく、ワクワクやることが大切です。
「青年よ大志を抱け」と言いますが、20代、30代では自分の登る山を決め、高い志を持って、ワクワクしながら登り続けることだと思います。

  • 2014年02月09日(日)18時28分

人生は山登り(その2) ~自分で獲得する~

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私が小さい頃は早く大人になりたいと思いました。大人になると沢山お金が使えます。当時はテレビが1家に1台でしたが、お父さんが好きなチャンネルを選びます。晩ご飯では一人だけおいしそうにお酒を飲んでいます。そして、時々お酒を飲んで、ご機嫌で帰ってきます。そういう父を眺めていると、大人になると沢山いいことがあるように思えたのです。

しかし、最近の若い人は大人になりたくないと聞きます。確かに豊かな時代に育つと大人になっても特別いいことがありそうな気がしません。その上、電車で眺める大人の人達はみんな疲れています。大人になっても何もいいことが起りそうに思えないのです。

2007年に三田佳子さんの息子さんが再度覚醒剤所持で逮捕されるという事件が起りました。その時に私が驚いたのは、三田佳子さんが息子さんに毎月小遣いで70万円を渡しているということでした。仕事が忙しくて、子どもに気をかけていられないので、愛情の変わりに渡していたのかもしれません。しかし、毎月70万円も小遣いをもらっていたら、働く気がなくなると思います。毎月がんばっても働いても、普通もらえるのは20万円くらいです。何もしなくても70万円もらっていたら、働くのがばからしくなると思います。また、自分がみすぼらしく思えるかもしれません。

私が子育てで参考にしたいのが、貴乃花のお父さんの名大関だった貴ノ花です。若乃花(勝則)と貴乃花(光司)がまだ小学校の頃に家族でお寿司屋さんに行くと、貴ノ花と女将さんはカウンターに座ります。しかし、勝則少年と光司少年はテーブル席に座ります。そして貴ノ花と女将さんは「トロ」「イクラ」「ウニ」・・・と好きな物を注文します。しかし、テーブル席の勝則少年と光司少年が食べるのはカッパ巻や太巻きの巻物です。勝則少年と光司少年もお父さんとお母さんのようにカウンターで好きな物を食べたいと思うでしょう。しかし、貴ノ花は勝則少年と光司少年に言います。「お前たちも自分で稼ぐようになったら、自分のお金でカウンターに座って好きな物を食べなさい」

勝則少年と光司少年は早く大人になってお金を稼ぎたいと思ったでしょう。そして、自分のお金でカウンターに座って好きな物を食べた時は本当に嬉しかったと思います。
もしも、勝則少年と光司少年が小学校の頃からカウンターに座って好きな物を食べていたら、この喜びはありません。また、強いお相撲取りさんになろうとも思わなかったかもしれません。

貴ノ花夫妻がこのような教育方針で育てたから、勝則少年と光司少年は厳しい相撲界で若乃花、貴乃花という名横綱に育ったのではないかと思います。

人は自分の力で獲得することにより、喜びを覚えます。豊かな世の中になると、どうしても自分の子どもは何不自由なく育てたいと思いがちです。しかし、それは子どもが自分の力で獲得する喜びを奪うことになるかもしれません。豊かな時代だからこそ、子どもに何を与えるのかは考える必要があるのではないかと思います。

  • 2013年11月11日(月)09時14分