コラム

産業カウンセラー/臨床心理士 緒方俊雄のコラムです。

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人生は山登り(その7) ~ハッピーリタイアメント~

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前回は、40歳を過ぎて人生の山の降り方について書きました。人は40歳の頃に山頂を迎えたら、寂しくても山を降りなければならないのです。

では、山を降りるとはどういうことでしょうか。山の登りは1合目、2合目、3合目と数字が増えていき、最後は10合目で終わります。そして下りは10合目からスタートして、9合目、8合目、・・・、1合目とだんだん数字が減って、平地にたどり着きます。

人生という山においても、1歳、2歳、・・・、20歳、・・・、40歳と年齢を重ねていきます。そして、40歳が山頂でそれ以降は再び、年齢が下がっていくと考えたらいいのではないかと思います。41歳は39歳に、42歳は38歳に、50歳は30歳に当たります。

そして、60歳は20歳に当たります。20歳までは未成年で、大人としての責任を問われないのです。60歳以降も未成年で、責任を持たないと考えたらどうでしょうか。

60歳は還暦に当たります。昔から歳を取ると子どもに戻っていくと言われますが、赤いちゃんちゃんこを着て、子どもに返っていくのです。

60歳は会社の定年にも当たります。また、家庭では、子どもが就職、結婚して自立する時期です。このように、ずっと背負っていた仕事と子育てという重荷を下ろして、未成年になるのです。

では、60歳以降は責任のない未成年になったら、どのように生きたらよいのでしょうか。

徹子の部屋での加山雄三さんの話を思い出します。加山さんのお父さんの上原謙さんは、加山さんが子どもの頃、とても怖いお父さんだったそうです。ところが歳をとってからは、何かあると加山さんに相談して、加山さんに決めてもらったそうです。

「老いたれば子に従え」という言葉がありますが、60歳を超えたら、子どもに責任を持ってもらうのです。そして、老人はたくさん時間があるので、忙しいお父さん、お母さんの代わりに、孫と遊んであげたらいいのです。

歳を取ってから、相変わらず頑固親父や口うるさいお母さんでは子どもや孫から嫌われます。目指すはかわいいおじいさん、かわいいおばあさんです。

それでは、60歳を過ぎて未成年になったら、本当に子どもにもどるのでしょうか。

ピカソが晩年に「ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ」と語っています。確かに、晩年のピカソは子どものような絵を描いています。しかし、子どもの絵と全く同じかというと違います。決して子どもにはピカソの絵は描けません。

ピカソは「明日描く絵が一番すばらしい」と語り、常に今の時分の絵に満足しないで、青の時代、ばらいろの時代、キュビスムの時代、新古典主義の時代、シュルレアリスムの時代と常に新しい画風に挑戦しました。その極めた境地が子どものような絵にもきちんと反映されているのです。ピカソの子どものような絵は、絵画という巨大な山を極めたピカソにしか描けない絵なのです。

孔子は、自分の人生を次のように語っています。

吾れ十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(みみした)がう。
七十にして心の欲するところに従って、矩(のり)をこえず。

この「心の欲するところに従って、矩(のり)をこえず」が人生という山を降りて幼子に戻った境地なのではないかと思います。子どものように勝手気ままにしても、他の人の迷惑にならないのです。

日本人はもっとも幸せを感じるのが10代だそうです。これに対して、アメリカの人がもっとも幸せを感じるのが60代だそうです。アメリカの人にとって60代は、ハッピーリタイアメントで、第2の人生を楽しむ時期なのです。10代が一番幸せに感じるのは、10代の遊びは責任や目的がなく、純粋に楽しむことができるからです。60代、70代も、仕事や子育ての重荷を下ろして、純粋に楽しいことができるのです。健康を大切にして、趣味でも、ボランティアでも、交友でも、自分の一番好きなことにワクワクするのです。アメリカの人に負けないで、私たちもハッピーリタイアメントを楽しみましょう。

7回に渡って「人生は山登り」という題名で、人生という山の登り方と降り方について考えてきました。自分の人生で登る山を決めて、ワクワクしながら踏破し、楽しみながら下山して、悔いの無い人生を送りましょう。

  • 2015年02月15日(日)15時26分

人生は山登り(その6) ~人生の下りを楽しむ~

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前回までは、人生の山の登り方について説明しました。

山登りというのはいつまでも登りという訳ではありません。いつか山頂にたどり着き、それからは下りが始まります。

人生の山登りも同じです。私は40歳くらいが人生の山登りの山頂なのではないかと思います。それからは下りが始まるのです。

ユングは40歳ぐらいから始まる中年期を「人生の午後」と呼びました。ユングは人生を山登りではなく、太陽の運行で考えましたが、40歳くらいを太陽が一番高く昇って輝いている正午と考えたのです。そしてそれからは太陽が沈み始めます。

私も40歳を過ぎると体力が衰え始めたのを感じました。前日遅くまで飲んでいると昼間に眠くなる、海外出張をするとなかなか時差が取れないなどが起こり始めたのです。しかし、最初の内は自分の体力が衰えたと認めたくないため、ただ気合いが足りないだけだと考えようとしました。しかし、2年ほどすると自分の体力の衰えを認めざるおえなくなりました。寂しくても山を下らなくてはならないのです。

後悔せずに山を下るためには、20代、30代は「青年よ大志を抱け」でなるべく高くまで、自分の人生の山を高める必要があります。しっかりと40歳までに人生の山を高めておかないと、40歳を過ぎても登り続けたいと思うのです。

ただ、人生の山を降りるのは寂しいだけではありません。山を登るときは一歩一歩踏みしめてがんばらなければなりません。周りの景色を楽しむ余裕もありません。しかし、下りでは周りの景色を楽しむことができます。

人生でも同じです。20代、30代は登りなので、がんばらなければなりません。この時期はがんばれない人が新型うつ病になります。

しかし、40歳からは下りなので、がんばる必要はありません。人生を楽しむのです。

でも、がんばらなかったら困ることもあるんじゃないかと思われるかもしれません。40歳を過ぎたら、自分の山登りの智慧を若い人に教えて、若い人にがんばってもらうのです。

20代、30代ではがんばれない人が新型うつ病になるのと逆に、40代、50代ではがんばって登り続けようとする人が心身に無理がきて、従来型うつ病になります。

仏教で四苦八苦という考えがあります。四苦は生・老・病・死です。若い頃は仏教の「人生は苦である」という考えはなんと暗いのだろうと思いましたが、よくよく考えてみるとブッダが言っているように、四苦八苦は免れることができません。どんなに死にたくないと思っても、人間の歴史をみても、死を免れた人は一人もいません。それと同じように老いることを免れた人も一人もいません。

世の中をあげて、アンチエージングが真っ盛りです。女性週刊誌を見ますと、アンチエージングの広告の多さに驚きます。最近は20歳若く見える医師の本がベストセラーになっています。

しかし、40代には40代の楽しみや美しさ、50代には50代の楽しさや美しさがあるのではないでしょうか。自分の年齢を受入れることがとても大切なのではないかと思います。人の悩みというのは受入れないことから始まるからです。

ただ、仕事で、部長、役員、社長と出世を続けられる方は40歳以降も山を登り続けることを求められます。その場合でも、自分は人生の下り坂に入ったということを意識して、ライフスタイルを変更することが大事だと思います。

かなり以前のコラム「豊かな定年後を迎えるために」で東レ経営研究所の佐々木常夫所長の講演(08年メンタルヘルス大会 08年8月27日)を紹介しました。佐々木さんが飲み屋で酒を飲んでいたところ、隣で中年の女性のグループが飲んでいて、そちらの話の方が面白そうなので、聞き耳を立てていたのだそうです。すると亭主の定年後の話題になり、なんと14人中12人が「夫が定年になったら直ぐに死んで欲しい」と言ったというのです。

そのコラムで詳しく書いたのですが、40歳を過ぎてからも「仕事人間」を続けると定年になってから、戻る場所がなくなります。やはり家庭が戻る場所なのです。無事家庭に戻れるように、40歳を過ぎたら、「仕事人間」を止めて、仕事、家庭、趣味とバランスを取ることが大事だと思います。そして、それが40歳以降の後半の人生を豊かなものにします。

世の中を挙げて、アンチエイジングが真っ盛りです。最近は20歳若く見える南雲医師の本がベストセラーになっています。20歳若く見える為にするべき習慣を読んでみると、「1日1食しか食べない、酒は飲まない、スポーツをしない、夜更かししない、考えない、体を温めない、・・・」いろいろ書かれています。このような修行のような生活をしてまで長生きをしようとは思いませんでした。逆に、このようなストレスがかかる生活をしたら逆に体に悪いのではないかという気さえしました。

「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と言ったのは、あの第16 代アメリカ合衆国大統領のエブラハム・リンカーンです。官僚を選ぶとき、せっかく親しい知人が推薦してくれた人を選考から落としました。その理由は「顔が気に入らない」から。知人が「顔は本人の責任ではない。顔で判断するとはいかがなものか」と苦言を呈した友人にリンカーンは言ったのが、この言葉です。リンカーンは続けて、「若い時の顔は若さが外観に輝きをもたせる。しかし年齢を重ねると共に、「何を見て生きているか」「どのような価値観で生きているか」等の内面的なものが顔ににじみ出てくる」

40歳までは外面的な美しさだが、40歳を過ぎたら、内面的な美しさに変わってくるということでしょう。武田鉄矢さん、矢沢永吉さん、加山雄三さんなど素敵な生き方かをしている人は年を取るほど素敵な顔になってきます。

40歳を過ぎてからも家庭を顧みずに仕事ばかりを続けていると、定年後、戻る場所がなくなってしまうことが多いようです。40歳を過ぎたら、ある程度仕事ばかりの人生を止めて、仕事、家庭、趣味とバランスを取ることが大事だと思います。そして、それが40歳以降の後半の人生を豊かなものにします。

  • 2014年11月24日(月)10時55分

人生は山登り(その5) ~自分の仕事を極める~

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前回は、自分の仕事を楽しむという話をしました。ワクワクしながら仕事に打ち込むのです。そうは言っても、仕事は楽しいことばかりではありません。

読売ウイークリー(08年7月27日号)「だから辞めたい新人君の本音」(大卒以上で正社員として採用された今年の新入社員男女100人に意識調査を実施)によると、入社3か月で「辞めたい」と思った人が45%もいるのだそうです。半数近くの人がたった3ヶ月で辞めたくなるとは驚きです。

そして、実際に入社してから3年までに約30%の人が会社を辞めると言われています。新入社員が離職した理由を調べてみると、給与に不満34.6%、仕事上のストレスが大きい31.7%、会社の将来性・安定性に期待が持てない28.3%、労働時間が長い26.9%、仕事が面白くない21.0%、職場の人間関係がつらい20.4%となっています。(出展:2007年「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」独立法人 労働政策研究・研修機構)

仕事の内容や職場の人間関係に嫌なことがあるのは良く分かるのですが、その度に辞めていたら、きりがありません。全てに満足できる仕事などあるはずがないのです。企業間で競争しているのですから、全くストレスの無い夢のような会社では、生き残っていけません。

新入社員が私のところにカウンセリングに来ることがあります。そして、いろいろな会社や職場の人間についての問題を語られます。私はその話を伺ってから、最後に言う言葉があります。「学生時代は金を払って事業を受けていたのに、今はお金をもらって働いているのですよ。全て満たされていたら、お金をもらうのではなく、お金を払わなければいけません。仕事で辛い分お金をもらっていると考えたらどうですか」と。

そして、会社を変わりたいという相談を受けると、「少しくらい嫌なことがあっても、今の仕事を3年は続けた方がいいですよ」と言います。「石の上にも3年」という言葉があります。この言葉の意味は「とても冷たい石でも、その上に3年も座っていれば温まる」ということだそうです。仕事の内容や人間関係だの、少しくらい嫌なことがあっても、3年間続けていると、居心地が良くなるということです。やはり、直ぐに変わるのではなく、ひとつの仕事を少なくとも3年間続けることが大事だと思います。

新入社員で会社に入って、3年間一つの仕事を続けると、大体仕事というものがどんなものか分かってきます。その時点で、今の仕事を続けるのか変わるかを決断したら良いと思います。実際に仕事をやってみると、学生時代に考えていたことと仕事内容が違うことがあります。また自分の適正も分かってきます。もう一度自分はどの仕事に向いているのか考えてみるのです。今の仕事が向いているのか、もっと他にやりたい仕事があるのか。

しかし、仕事を変わる場合は、不満で変わるのではなく、やりたいことで変わることが大切です。先ほども書きましたように、全てが完全で満足する職場などないのですから、不満で変わっていたのでは、きりがありません。仕事でも恋愛でも、どんどん変わる人がいますが、何か嫌なことが出てくると我慢できなくて変わるのだと思います。「永遠の旅人」です。これでは仕事も恋愛もうまくいきません。

仕事を長続きさせるためには、何を目的に仕事をするのかということがとても大切だと思います。

いい大学に入るために勉強するというのはストレスがかかる生き方です。勉強が好きで勉強に励んでいたらいい大学に入ったというのはストレスがかかりにくい生き方です。

仕事でも同じです。課長や部長になるために働くというのはストレスがかかる生き方です。それに対して、仕事が楽しくて打ち込んでいたら、課長や部長になったというのはストレスのかかりにくい生き方です。

いい大学に入る、課長や部長になるというのは競争の世界です。足を引っ張られるかもしれません。それに対して、好きだから勉強する、楽しいから仕事をするというのは他の人との競争に巻き込まれません。足も引っ張られないのです。

松下幸之助さんや本田宗一郎さんのようになりたいと思っても、松下幸之助さんや本田宗一郎さんは時分の会社がそんなに大きくなるとも思わずに、日々の仕事に打ち込んでいたのではないかと思います。ただ、その結果として大企業に成長したのです。

仕事は辛いことが多くても、やはり今の仕事をワクワクして楽しむことが長続きの秘訣です。

そして、どんな仕事でも、10年間打ち込むと、その道のプロになれます。将棋や囲碁の勝負の世界、歌手や役者の芸能の世界、大工などの職人の仕事でも大体10年間、時間にして1万時間、その仕事に打ち込むと、プロになれると聞きます。会社員の仕事も10年間打ち込むとプロになれると思います。

私は半導体レーザの開発、企画やマーケットの仕事、カウンセリングの仕事と全く違った3つ仕事を行ってきました。半導体レーザは10年目に新型レーザの設計をして、ヒット商品となりました。マーケットはプレイステーション2とプレイステーションポータブルの長期マーケット予測をぴったり当てたので有名になり、大学で授業をしたり、本の出版を勧められるようになりました。カウンセリングは10年目に「慢性うつ病は必ず治る」を出版できました。やはり10年続けることが大切なようです。

一つの仕事を3年すると大体そのしごとの概要が分り、10年するとその仕事の全体像を把握して、自分のオリジナリティが出てきます。武道や芸能などの世界でよく使われる「修・破・離」という言葉がありますが、10年一つの仕事に打ち込むと「離」の境地に達するのではないかと思います。

10年一つの仕事に打ち込んで、営業は営業のプロに、商品開発は商品開発のプロに、管理は管理のプロに、企画は企画のプロ、人事は人事のプロになりましょう。
う。

  • 2014年08月25日(月)09時06分